街の景観から教わったこと

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3.11はなぜ起こったの?


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あの日から何を気づき、学び 、どう行動したのかな、私。




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そんな事を考えながら 
ぶらぶらと横浜を歩きました。

あの日、怖かったな。
驚いた。途方にくれたな、
なんて思い出しました。


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ジャスミン茶に茶柱。

大好きなお粥屋さんで お粥を食べて 
それから あてもなく東横線にのり 自由が丘と渋谷に行きました。



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声高に ボランティアを謳わなくても
復興の為に あれしたこれしたと
ソーシャルに投稿しなくても 
「忘れないで !忘れられないよね?」
と嘆かなくても 

誰もが傷つき 喪失感に襲われ 何かを中断され、何が大切かを 思い知った出来事でした。

とにかく 私は 生き残って
相変わらず 喜んだり 楽しんだり 悲しんだり
引っ越ししたり しています。



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5年経っても 私には 現地を訪れゴミ捨ての1つも手伝う時間を作る事が出来ません。

あの時は 岩手と福島に ボランティアで3日間だけ行ったけど  雨の日の銀座の路地裏でふと 似た匂いに 遭遇したりして…
未だに  うわっと 辛くなったりしています。


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思うんです。

どんなに その人が大切でも
それが 例え親子だとしても
痛みを代わりに引き受ける事なんて出来ない。

亡くなった方の代わりに命を差し出す事も 
その方を想って永遠に荼毘にふす事だって
 出来ない。

時は 進み 傷は癒え 記憶はおぼろげになる。
そうでないと 記憶の痛みや 後悔の重さに溺れ人は 生きてはいけなくなってしまう。

みんなが つらいつらいと 泣けばいいのか?
ううん
違う。

変わらなきゃ。
もう
それを 繰り返さないと 決めなきゃ。



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私に出来る事は
私に出来る事は

幸せになる事。
より幸せに なろうとする事だけ。
誰かを愛して 暮らし 楽しむだけ。




去った人の分まで 生きるのでは無く
自分自身を生きることしか 
私には 出来ません。



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何時もの様に 元気いっぱいの渋谷の街。
思わず足が竦むスクランブルの人の波。
でも
そんな人混みが  私を癒してくれました。